伝えられないニュース


「今我々が取材している最中にですね銃声がしました」

<事件発生の瞬間>

3月19日。それは私たちがインタビューをしている際に起こった。
3月20日の開戦1年を控えてバグダッド市内では毎夜爆破事件が発生。私たちもそんな現場の一つで取材をしていた。
昨夜の攻撃で怪我をしたという少年にインタビューしているその時。パーンと乾いた銃声。
パンクかな、と思うが様子が違う。

久保田氏のリポートをとりあえず収録しそのま銃声のした方へ。
スチールカメラマン梅基氏と久保田氏は私より一足早く現場へ向かう。
イラク全土でジャーナリストもレジスタンスの標的になっているという情報は聞いていた。
「あーとうとう狙われたか」。恐怖が一気にこみ上げる。


<現場すぐ下で取材する梅基・久保田カメラマン。二人の目の前のビルが銃撃現場>

二人のバックショットを撮る形となり、走っている最中に再び銃声。今度は多い。
「やばい」。
バグダッドに来ている私だが戦争・紛争は専門ではない。(当社では渡部陽一カメラマンが紛争専門)
カメラを回したまま建物に入り避難する。それを追う様にさらに銃声。恐い。
同じ建物に避難した初老の女性が天を仰ぎながら嘆く。もう何度もこのような目にあっているのだろう。


<私が避難したビルで女性が嘆く>

1分後、恐る恐る顔を覗かせる。梅基、久保田、両カメラマンは現場から25メートル程の小屋の影で望遠を構えている。
私はそこから15メートル後ろのビルの中だった。走ればほんの数秒だが、その間は銃声のする方向から丸見え。
私にはそこを走り抜ける勇気は無かった。(勇気なのか無謀なのかは分からない)


<5分後には米軍が到着し現場を包囲する>

5分後早くも米軍のジープが現場へ到着する。荷台に乗った兵士は小銃をしっかり構えている。
やがて民兵も到着し現場を包囲。私の横では子供が笑っている。
大人達は私に「デンジェラス!」と必死に止めるのだが子供たちはむしろ楽しんでいるように見える。
私はやっと現場のビルの直ぐ下へ行くことが出来た。

3分後、米兵が青年の身柄を確保し出てくる。まだ少年といってもいい。
銃撃戦は二人の男性が撃ち合ったものだった。
一方の男性は米軍に身柄を確保されたが、もう一人はどうやら逃げたらしい。




<逮捕された少年は17歳だった。もう一人は逃げたらしい>

結論から言うとこの事件は子供の喧嘩の延長である。
隣り合わせたアパートに二つの家族があった。
ある日一方の家族の小学校に上がる前の男の子がもう一方の家族の子供に悪戯をした。
悪戯をされた子供の兄は男の子の家族に文句を言う。
その家も兄が出てきてお互いに口論となる。
口論はやがて激しくなり、一方の兄は自宅にあった銃を持ち出す。
最初は脅しのつもりが、ついに発砲。それが銃撃戦となる。

イラクの多くの家庭には武器がある。
(昨年、渡部陽一カメラマンがナシリアで武器マーケットを取材している)
以前私たちに同行したガイドも自宅にマグナムとマシンガンを持っていると言っていた。
イラクの人々の多くはそれを犯罪目的ではなく家族を守る為に使う。

開戦から一年を経て未だ銃声、爆発音が鳴り止まぬバグダッド。
日々、あまりにもこのような事件が発生し、それらが紙面、或いはテレビに露出することは無い。
駐留する外国部隊が襲撃される中、その何倍も市民同士の争いは起きている。
その争いには必ず武器が使われ死傷者が出る。
我々ジャーナリストは伝えられぬニュースにもっと目を向けるべきである。
そして何よりも大事なのは我々市民が世界で何が起こっているのかもっと関心を持つことである。

あなたは信じられるだろうか。
子供同士の喧嘩の発展で銃撃戦になることを。
殆ど全ての家庭で家族を守るために武器を所有していることを。
それが開戦から1年を経たイラクの現状なのだ。



ASIANEWS 板 倉 弘 明



写真はビデオ映像からキャプチャーしていますので粗くなっています。
この事件の一部は3月19日のTBSニュース23で放送しました。