海を護れ
シリーズ1「海を護れ 密着!国境警備最前線 自衛隊/海上保安庁」
日本の海はどのように護られているのか?自衛隊哨戒機P-3Cと巡視船のパトロールに密着し国境はどのような手順=プロトコルで護られているのか取材した。法が現状に追いつかない実態を検証する。
海上保安庁
日本の経済水域は世界第6位
海に囲まれた海洋国家日本。日本で海の守りに付くのは
海上保安庁である。
海上自衛隊と海上保安庁はどのように違うのか?最近海上保安庁を舞台にした映画、
「海猿」が公開されたが海上自衛隊(以下海自)が軍隊であるのに対して海上保安庁(以下海保)は警察である。つまり司法権と言うものが付与されており、海上の保安に関しては捜査権を持つ。
つまり海の上で起こった事件は基本的に海保が捜査を行う。漁船の取締りに関しても当然海保の範疇である。その権利は基本的に日本の領海と経済水域でしか行使できない。
海上の国境を守る日本の防人は海保である。さてその国境だが領土から12海里およそ22キロまでが領海とされ主権を行使でき、さらに領海に隣接して漁業管理権や海底資源の利用に優先権を持つ水域が排他的経済水域だ。 領海を合わせた面積は世界で6番目。日本が正に海洋国家なのだ。
世界の排他的経済水域 順位 国名 (単位=1万km2)
1位 アメリカ 762 2位 オーストラリア 701 3位 インドネシア 541 4位 ニュージーランド 483 5位 カナダ 470 6位 日本 451 7位 旧ソ連 449 8位 ブラジル 317 9位 メキシコ 285
(日本財団資料より)
いきなりの違反操業船
対馬沖に設定されている排他的経済水域、通称
EEZ(イーイーゼット)線。
対岸の200海里以内に韓国側の領土があることから両国の中間線に設定されている。双方の領土までは船でも40分ほどの位置にある。
対馬海上保安部は国境最前線とも言うべき日本の海の砦だ。 国際海峡でもある対馬海峡を対馬海上保安部と比田勝海上保安署の 海上保安官およそ100名と8隻の巡視艇で日本の海を護る。
この日、我々は巡視船艇によるパトロールに同乗した。 横に書かれた船名を見ると「PC106むらくも」。PCとは巡視艇の記号だ。 日韓中間線付近に近づいた時、目の前に韓国漁船が姿を見せる。 全長は32メートルで100トン。漁船とそう変わらない大きさだ。 まだ30代と若い船長の指揮の下、早速外洋に出る。
巡視艇「むらくも」(対馬海上保安部所属)
対馬を出て40分ほどでもう日韓の中間線である。
つまり今来ただけの時間を掛ければ韓国に着いてしまうのだ。思ったよりも随分と「国境線」は近かった。 そして我々はすぐに「違法操業」の漁船と出くわす。
男性と女性数人が船上で網の手入れを行っている少々赤さびた青い漁船。はえ縄漁を行っていた。今は間違いなく韓国側のEEZにいるが巡視船の航跡レーダーには少し前まで日本側に入っていたことが記録されていた。 しかし不法操業が「現行犯逮捕」が鉄則。目の前で行われていなければ検挙できない。 むらくもは韓国漁船のわずか数メートル横を(こちらとあちらの船の中間がまさに国境)通過しパトロールに戻る。無表情に「むらくも」を横目に見ながら船上で作業を続ける一家と思しき船員たちの表情が印象的だ。
「いつものことですよ」と保安官が語ってくれた。 その船を後ろに見ながら早速リポートを収録する。
最近の漁船はマストを異常に高く設置しているものもあるという。その先端にレーダーを設置することで見通し距離を伸ばし、巡視船を早期に探知、すばやく現場を逃げ去るのだ。
岸から500メートル先に韓国漁船が
EEZ線を越えて検挙される韓国漁船の数は年々減ってきている。 対馬海上保安本部の村松警備救難課長は
「韓国側、海上警察庁等の取り締まりもかなり厳しくやっておりまして、その辺で漁業秩序が徐々に保たれつつあるのかなというようなのが背景じゃないかと思います」
と語る。海保も、そして韓国の海洋警察も決して手を抜いているわけではないのだ。
しかし表に出る数字とは裏腹に 手口はますます巧妙化しているのもまた現実だ。
深夜の巡視艇。レーダーの青白い光だけが室内を怪しく照らし出す。
「動き出した!」 鋭く叫ぶ海上保安官。
日田勝(ひたかつ)海上保安署の巡視艇を見て時速70キロと猛烈なスピードで逃走するのは韓国の密漁船だ。 グングンスピードを上げて逃走を図る。それを追う巡視艇。 風を切るヒューヒューという音が速度を語る。
これは日田勝署が撮影した証拠ビデオ。 撮影されたのは岸から僅か500メートルほどの日本の領海の中だ。 潜水器密漁船と呼ばれるこの船は大胆にも沿岸に近付き、 潜水具を付けて海中であわびなどを密漁する。
岸から500メートルと言えば肉眼でも見える距離だ。余りにも大胆な行動。
警備救難課長が語る。
「レーダー等で巡視船艇のいわゆる接近を早期に察知して、 すぐに逃げてしまう。非常に悪質な違法操業が増えてきており潜在化しつつあるということです」
ではなぜ韓国側の漁民はここまで日本の漁場に迫るのか。その理由の一つに韓国側の資源管理が日本ほど進んでいないことが影響する。日本では休漁期を設定しその期間中は操業できないことになっている。韓国にも設定されているのだが日本よりも期間は短い。また漁法の違いもある。例えば底引き網のように資源を根こそぎ採り漁を行う。その際に幼魚を海に戻さないことが多いと言う。
こうした漁業手法の違いから韓国側の海洋資源が失われつつあることが原因ではないかと地元の漁業関係者は語る。だが我々の記者が別の地域の漁業関係者に取材した際、「日本だって偉そうに言うほどちゃんとした漁をしている訳ではない」と言う声を聞いた。塀や柵があるわけもない海洋上だからこそお互いに侵しやすくなっているのも事実である。
海上での領海警備に一義的に対応する海上保安庁。しかし時としてその手に負えない侵犯事件も発生する。去年11月、九州近海の日本の領海内で確認された一隻の潜水艦。政府は海上自衛隊に対し、海上警備行動を発令。中国海軍の漢(ハン)級型潜水艦と判明した。
対馬付近の領海と排他的経済水域
特定海域:領海の幅は、基線から12海里だが、国際海峡である対馬海峡東・西水道については、「特定海域」として、領海は基線から3海里までの海域とされ、沿岸漁業を保護する目的で外国漁船による漁業等を禁止されている。(出展:第7管区海上保安本部)
海上自衛隊
「レーダーコンタクト スモール 潜水艦らしい」
プロペラ機にしては意外と静かに感じた機内に
センサーワンと呼ばれるソナーマンの声が飛ぶ。
声は機内に通じるインターカムを通じTACCO(タコ)戦術航空士の耳に届いた。 我々が搭乗したのは
海上自衛隊の哨戒機P-3Cオライオン。 センサーワンがモニターしていたのは
ソノブイと呼ばれる対潜水艦の音響解析機のことだ。 半径50キロ先の潜水艦の音を解析することが出来ると言われている。
冷戦時代は今我々が飛行しているすぐ下の海域を多くのソ連潜水艦が航行していた。 ここは北海道沖、北方領土に程近い海域だ。
以前は対潜哨戒機と呼ばれていたP-3Cだが現在は「対潜」の文字が外れ哨戒機と呼ばれている。 海上保安庁では対応できないと判断された場合、 その処理は自衛隊に委ねられる。
海上自衛隊哨戒機「P-3Cオライオン」
「冷戦時代にはこの基地は北方の最前線ということで主に旧ソ連の潜水艦に対応した事が中心になりました。 しかし現在においてはP-3Cが対潜哨戒機から哨戒機に変わったようにあらゆる任務に対応しなければならないのです」
八戸基地に所属する
第2航空群第2飛行隊の瀬戸飛行隊長(当時)はその任務を語る。
第2飛行隊は自衛隊初の海上警備行動となった1999年の能登沖北朝鮮工作船事件では実際に出動をした部隊だ。 海上自衛隊八戸基地はP-3Cが配備されている全国で4箇所の基地のうちの一つ。 北海道全域と日本海側北部の海域を管轄している。 飛行隊長の瀬戸2佐は北海道名寄の出身。 生まれ育った北海道の上空で国境最前線の警備に当たる。
11名の搭乗員が乗り込み、基本的には1日1回、担当する海域を哨戒している。 P-3Cの訓練飛行。 八戸を離陸しおよそ1時間かけて知床半島の沖に到達、 あいにくの天気で国後島をはっきりと望むことはできない。 冷戦時代にはP-3Cがこの海域に近付くと 旧ソ連の空軍機が緊急発進をかけることもあったというが、冷戦構造が終結した今、至って穏やかである。 今そこにある危機。その対象は大きく変わった。 瀬戸隊長が語る。
「例えば漁船の形をしていてもアンテナがいっぱいついているかとか、漁具がついていないかそういうのに注意して観察を実施しております」
2000年3月。
能登半島沖に出現した北朝鮮の工作船。最終的に日本の追尾を振り切り、逃走した。
脅威の対象はロシアから中国・朝鮮半島へと大きくシフトした。 P-3Cが配属される最も北方にある八戸基地所属の部隊にとって、脅威の対象は変わったものの 哨戒エリア内に「ターゲット」が存在することは変わらない。 第2航空隊のスコードロン・マーク(飛行隊の印)は海の守り神ポセイドンの持つ槍。 彼らは国境最前線を護る防人部隊であることを誇りにしている。
「チャンネルスリー、潜水艦らしい信号コンタクト」
哨戒機による訓練が開始される。 水中に対する目標に対しては
ソノブイと呼ばれるセンサーを海面に投下し探知をするが これに対し水上の目標、つまり船舶への探知はきわめて原始的だ。 飛行隊長の指示が飛んだ。
「目標正面インサイト。この目標に対し識別を実施する」
するとP-3Cは目標となる船舶のすぐ近くまで降下した。 機長席後方に控えていた
オーディナス(機上武器整備員)と呼ばれる担当者が双眼鏡を取り出す。 目視で確認し、写真撮影を行うのだ。 気象状態にもよるが、驚くことに100キロ手前から目標を識別することも可能だという。 「脅威は必ず海から来る。その兆候をいち早く発見する任務を遂行しています」 P-3Cの訓練はその後も続く。 潜水艦らしい目標を探知した機長は指示する。 「その目標に対して攻撃を実施する」 TACCOが位置をマークしカウントダウンを始める。 そして実戦では対艦ミサイル、あるいは魚雷投下となる。 しかし実際に領海内に侵犯した外国の軍艦に対して自衛隊は自衛権を行使できるのだろうか。
2004年11月、中国の潜水艦が領海を侵犯し、政府は自衛隊に対して
海上警備行動を発令した。 脅威の対象が強力な武器を所持していることが明白である、など海上保安庁の能力を超えていると判断された際に、 防衛庁長官により発令される「海上における治安維持のための行動」。 その執行に際し実際に適用される法律は「警察官職務執行法・海上保安庁法」だ。 発令に当たっては、閣議を経て、内閣総理大臣による承認が必要である。 つまり武器の使用は正当防衛の際にしか基本的には認められず、「撃たれるまでマテ」と言うことだ。
海上警備行動でも対応できないと判断された場合には
防衛出動が必要になってくる。 防衛出動は日本を侵略するしようとする強力な武器を持った的に対応する際、 内閣総理大臣の命令により発令される軍事行動だ。 つまり日本の防人たちの「槍」はかなり強く封印されているのだ。 問題は「槍を抜く」タイミングだ。 当然このプロセスは政治家の「資質」と「判断能力」の大きく左右されるのである。 その判断の時間差によっては先に自らの体に槍を打ち抜かれかねないのだ。 つまりP-3Cが警戒中に突然敵と遭遇し、その途端に打ち返す、ことは難しい。 いや、実際にそうなれば一旦「退か」なければならないだろう。 こと防衛問題に関しては政治家の「良識」「判断能力」そして「スピード」が問われているのだ。 そしてそのスピードこそが隊員たちの命運を握っている。
「北の警戒監視、海上防衛の一翼を担っているということを肝に銘じ訓練、任務に励んでおります」
肝に銘じる。瀬戸隊長の言葉は重い。 国による防衛政策が必ずしも確立されていない中、 現場最前線で活動する防人たちは今日もこうして訓練を続けているのだ。
(記事:板倉弘明)