タミフル消費大国ニッポン
「やはり息子を返せといいたいですね」 声を詰まらせる振り返るのは軒端晴彦さん。 息子は高校生の時にタミフルの副作用とされる異常行動でダンプカーに飛び込んで死亡した。 「成人式出ましたよ、うちの息子も。友達のね、暖かい腕に抱かれて・・・」
相次ぐタミフル服用患者の異常行動による転落死。厚生労働省も重い腰をようやく上げつつある。 輸入販売元の中外製薬に対し10代以上の未成年の子供にはタミフルを処方しないよう医療機関に警告することを指示した。 軒端晴彦さんの長男の事故は3年前。
「パジャマ、裸足のまま雪の降る中、約50メートルほど歩いてトラックに轢かれました」 暖冬で遅い流行と見られていたインフルエンザ。しかしここに来て全国で患者が急増。 病院では特効薬とされるタミフルの処方も増える。いま町の医師たちはどのように対応しているのか?
「今報道されている事実を知りながら、あえて私はタミフルでいい、出してくださいと言う患者もいっぱいいます」 四谷内科の横山貴博院長は現在の状況は「患者が判断している状況」だという。
「私は通常の元気なお子さんのインフルエンザに関しては基本的にタミフルを使用しません」 こう語るのはアメリカで臨床経験を持ち米国小児科認定医の資格も持つ静岡県立こども病院の植田育也医師だ。 「それは基本的にはインフルエンザというものは抵抗力が正常な健康なお子さん、 まあ大人もそうですけれど基本的にいわゆる養生をして休んでいれば必ず治る、 米国なんかの診療方針ではそう言うリスクのあるある患者さんのみに使いなさいと言うのが言われていまして 実際でもそれほど皆さんに使われていると言うことはありません」
日本は、過去に世界で流通するタミフルのおよそ75%ものタミフルを使用した消費大国。 これだけの量を使用することで当然、副作用の発症率も高くなる。 植田医師はアメリカでは通常のインフルエンザではタミフルは基本的に処方されないという。 処方されるのは重症患者やお年寄りなど何らかのリスクのある場合だ。 なぜ世界でタミフルは使われず、日本では大量に消費されるのか? けいゆう病院(横浜市)の菅谷憲夫小児科部長は 「日本がきっちり使っているからどうしてもこれぐらいは消費する」と語る。 きちんと使うというのはどういうことなのか?
その一つはインフルエンザの迅速診断キットだ。 これは病院で患者がインフルエンザかどうかを確定させるもの。 その場で自分がインフルエンザに感染したのかがわかる。 この迅速診断キットは健康保険が適用される。 その上でタミフルを「確実に」処方することができるのだ。 さらにタミフル自体も日本では当然保険が適用される。 実は欧米各国では迅速診断キットもタミフルも保険が適用されず自費負担となる。 タミフルの日本での薬価は316円。 タミフルは1日2回5日間服用のため保険が適用されなければ3160円となる。 タミフルを個人輸入させる業者もあるが(医学的には勧められない)そうした業者では 15000円程で発売されている。 基本的に安静にすることでいずれ治るタミフルに、場合によっては1万円もの大金を払う習慣が無い。 これが保険適用される日本で大量に消費される一番の原因だ。 こうした状況を菅谷氏は「日本の方が先進的」と表現する。 「タミフルを服用することで熱がすぐに下がり学校や会社にいける。 子供が休んでも回復が早ければ親も早く復帰できる。 クオリティ・オブ・ライフの観点から、いくら健康な成人であっても高熱が出て寝てればいいというのは非常に暴論であり 私は日本でのタミフルの服用は問題ない」と菅谷氏は指摘する。
「保険適用であってもそれは非常にコストが掛かっている。 今の日本の現状を維持していくためには、やはりコストも考えなくてはならない。 自然に治るはずの病気に一律に薬を使ってそれで先進的なのか」 植田医師は保険という観点からこのように反論した。 タミフルが問題化する以前。 私たちはインフルエンザに係り、当たり前のように迅速診断を受け、 タミフルを服用してきた。そして当たり前のように医療費を支払ってきた。
「いま息子がよみがえってもしインフルエンザに掛かったら、人間には免疫力があるので そちらを活性化することを考えて、私は側についてやり、暖かいおかゆを食べさせて看病したい」 軒端さんはそう語った。 インフルエンザの特効薬として注目されたタミフル。 今、世界各国でタミフルの争奪戦が始まっている。 「新型インフルエンザ、特にH5N1型の出現が近いのではないかということで 各国がきそって備蓄しています」(菅谷氏) 実は日本を除く世界の国々でタミフルは新型インフルエンザ対策を目的に 備蓄を進めることが主体で通常のインフルエンザに使用することは殆ど無い。 そして日本でだけタミフルが通常のインフルエンザに投与されるこの事態に警笛を鳴らす出来事がベトナムで発生した。 (以下次号) 【記事:板倉弘明】