鳥取県庁舎1階の県政情報コーナーに掲げられている「環日本海交流地図」は、境港市と友好都市提携を結んでいた北朝鮮・元山市の地名に目隠しがされている
北朝鮮「経済制裁」の波紋 打撃受ける地元業者
鳥取・境港市
国内で唯一、北朝鮮の都市(元山=ウォンサン)と友好都市提携を結んでいた鳥取県境港市は、 北朝鮮による核実験が明らかになった直後の10月13日、協定の破棄を決めた。 政府による経済制裁の閣議決定を受けた形だが、14年前に提携を主導した市議会側は、「『破棄』は極端。『凍結』で様子を見るべき」と反発。 しかし、市当局は、基幹産業である漁業支援策を国に要請する建前上か、破棄を断行した。 境港市役所
友好都市提携「破棄」の迷走
日朝両市が友好都市提携を結んだのは、1992年5月のことだ。故・下西文雄議長(当時)ら議会の20年にわたる悲願が達成された。 その後、境港市から市長ら訪朝団が3度、元山市を訪問。元山市からも代表団が3度、境港市を訪れた。 共同の絵画作品展や、元山市の歌劇団による境港公演なども行われた。 提携に水を差したのが、2002年9月の日朝首脳会議だった。 北朝鮮による日本人拉致について金正日(キム・ジョンイル)総書記が認め、謝罪したのだ。それ以降、両市は公式の交流を行っていない。
日本政府による経済制裁は、北朝鮮が日本海に向けてミサイル発射した今年7月に発動。当初、貨客船「万景峰92」の入港などを禁止したのみだった。 そして10月9日、北朝鮮が核実験の実施を発表。同13日の閣議決定では対抗措置として、北朝鮮籍船舶の国内入港を全面禁止した。 破棄を決めた13日の市議会運営委員会は紛糾、中村勝治市長が苦渋の最終決断をした。「非核都市宣言をしている以上、致し方ない決定」(市幹部)との判断だ。 市は当初、協定破棄の書簡について在日本朝鮮人総聯合会(中央本部・東京)を通じ元山市に送付する考えだった。 しかし、総聯側が「日朝の仲人役ならともかく、仲たがいのための連絡役はしたくない」(朴井愚県本部委員長)と断わったため、境港市は独自に送付せざるを得なかった。
12月1日現在、書簡に対する元山市からの返答はないが、境港市は、当事者の一方からの申し出で協定破棄は有効との考え。 しかし、総務省の外郭団体として地域の国際化を推進する自治体国際化協会(本部・東京)には破棄について正式な報告がなく、 同協会のホームページには、両市の友好都市提携関係が掲載されたままになっている。
縁切れてすっきり?
中村市長は10月25日、境港水産振興協会の米村健治副会長ら地元漁業関係者とともに、東京・霞ヶ関の農林水産省に松岡利勝大臣を訪れ、水産物の輸入ストップに伴い経営悪化が予想される加工業者に対する、金融支援などを要請。これを受ける形で政府は、水産加工経営改善促進資金といった既存の制度に助成することでゼロ金利とする支援策を決めた。 市当局は否定するが、国からこうした施策を引き出すための条件として、元山市との友好都市提携の即時「破棄」という切り札を使わざるを得なかったのではないかとの憶測もある。「凍結」では国を納得させられないというのだ。
境漁港に水揚げされるベニズワイガニは全国水揚げ高の約60%を占め、市は「カニ水揚げ日本一」を積極PR。05年には1万1160トンの水揚げがあった。そして、境港ではかつてそれとほぼ同じ量を北朝鮮から輸入していた。
北朝鮮からのズワイガニ輸入通関実績(境港税関支署調べ)は、ピークだった02年(9125トン)に、国内漁獲高(8956トン)を超えた。同じ年に表面化した拉致問題のあおりを受け、地元輸入業者は「脱北朝鮮」を宣言。北朝鮮からの輸入は年々減少してきていた。しかし、それでも06年上半期(1〜6月)には1232トンが輸入されている。 「北朝鮮産を取り扱っていることが全国の消費者に知られると風評被害を受ける」―。輸入・加工業者にとって苦しい台所事情をアピールすることは、痛し痒(かゆ)しだった。
県が今年8月ごろ、北朝鮮への経済制裁に関し地元産業へどのような影響があるのか問い合わせたのに対し、市当局は「影響はない」と答えざるを得なかった。 米山副会長は「北朝鮮と縁が切れてかえってすっきりした」と話す。しかし、経済制裁で輸入・加工業者が大打撃を受けたのは間違いない。ただ、私たちの取材に対して関係者は一様に口が重く、仕入れを北朝鮮に依存していたこと自体に触れられたくない様子が見て取れた。
「かにかご」共同歩調取れず
閑散とする境港。かつては連日、北朝鮮の船が何隻も停泊していた
一方、北朝鮮近海でベニズワイガニ漁を操業していた境港のかにかご漁船3隻に対しても国は操業許可を取り消した。3隻は、競合船がひしめく国内海域での操業を余儀なくされた。
北朝鮮海域でのかにかご漁による漁獲高は年間約3300トン。水揚げされたベニズワイガニは「国産」として流通する。国による操業許可取り消しは、同海域での操業の安全面と、北朝鮮への入漁料が経済制裁に抵触するとの見解だ。 10月25日の中村市長らによる国への要請でも、休漁期間(6〜8月)の見直しなどかにかご漁への支援策を盛り込んだが、実現の見通しは立っていない。
こうした中、関係事業者で作る境港かにかご朝鮮出漁部会(三好正次事務局長)は11月8日、県に、漁船を出す3業者への7000万円ずつの無利子融資など独自の支援策を願い出た。しかし、3業者が救援されれば事業回復できるはずの船舶修理業など関連12業者にもそれぞれ3000万円の無利子融資することを含むなど、「(金額の)根拠がよく分からない」(県水産課)ことから、現実性は薄いと言わざるを得ない。
中村市長らの農林水産省への陳情団に同行していた、日本海かにかご漁業協会の西野正人会長は、同部会の独自の動きに対し、「我々が国に対し支援策を要請している中で、勝手に県に出向くのはどうか」と、疑問の色を隠せない。 三好事務局長ら同部会関係者は、多忙などを理由に私たちの取材を断っている。北朝鮮への経済制裁で「国産」のはずのかにかご漁がストップされるという降って湧いた事態に、関係者は依然として共同歩調が取れない状況だ。
輸出業者は非地元勢中心
境港に水揚げされたベニズワイガニ。現在は全て国内産だ
「船が入って来んで困ってる。どうしたらいい?」−。境港市内のリサイクル業「MEIJI企業」を訪ねると、櫨明治会長(65)が頭を抱え込んだ。
北朝鮮からの船は水産物などを荷降ろしした後、空になった船に、国内ではほとんど商品価値のなくなった中古の家電、自転車、自動車を満載して境港を出えいた。港湾では中古自転車をうずたかく積み込んだ北朝鮮籍の貨物船が頻繁に見られた。 こうした中古品の供給源が、同社などリサイクル業者だ。売り値は中古自転車1台で3000円程度。船に満載すると、一度で100万円程度の売り上げがあったという。
境港税関支署によると、北朝鮮との貿易額(05年度)は、境港への輸入が15億9400万円、輸出が3億4400万円。輸出額の多くが乗用車(1億5900万円)とトラック(7700万円)だった。
経済制裁で北朝鮮の船が入港できなくなり、同社は3人いた従業員を解雇した。それでも輸出再開に向け、リサイクル品の仕入れ先とのパイプを切るわけにはいかない。倉庫は行き場を失った中古品が山をなし、敷地内には洗濯機など家電製品が雨ざらしになっている。 これら事業者について国は、政府系金融機関による低金利のセーフティネット貸付の適用といった施策を用意している。しかし、水産加工業のようにゼロ金利とまではいかないなど、使い勝手がいいとは言えない。
境港市の基幹産業である漁業と違い、輸出業者には組合組織がない。必ずしも地元に事業所を構えているわけではなく、中古品が集まりやすい都市部から持ち込む業者が多い。そのため、団体での行政への要請といった行動が取りにくいことも、手厚い支援が受けられない一因のようだ。 同社は約20年にわたり、北朝鮮貿易を手がけてきた。櫨会長は「中国との貿易に眼を向けなければならないが、商慣行の違いでうまくいかない。日本は歴史的に朝鮮半島との結びつきが強いから、感情が伝わりやすいなど商売しやすかったのだけど」とやるせない口調で語った。
(ASIANEWS 森史雄)