「国境の匂い」
那覇空港に降り立つと沖縄独特の匂いと熱気が体に絡みつく。日本で唯一の熱帯気候はここがある種の“最果ての地”であることを唯一思い出させるかのようだ。 最果てと言うことはここが国境に面していることを表す。
国境問題を取材して5年が経つが、海洋国家日本で「国境線」を意識するほどの難しさは何度も味わった。 それでも今まで取材に訪れた地では何らかの「国境の匂い」らしきものは感じていた。対馬からは韓国の気配がしたし与那国島では台湾の気配がした。
何となく異国に近いことを感じさせる「何か」があったのだが、ここ那覇は南国の気配は濃厚にするものの「国境」の気配を感じることはきわめて難しい。 取材であることを忘れさせてしまうようなリゾートならではの空気。そう言ったものが感覚の一番大きな分野を占めているのだ。 そんなことを感じる那覇空港の一角に、今日本で最も熱い戦闘機部隊はある。
「南国のオジロワシ」
航空自衛隊南西航空混成団第302飛行隊はF-4EJ改戦闘機・通称ファントムを運用する戦闘機部隊だ。この部隊が一番「熱い」というのにはもちろん裏付けがある。 防衛省はこれまでの北方重視体制から南方重視体制にシフトを進めている。これまでの旧ソ連を対象にした冷戦構造が崩壊し、日本を含むアジアの脅威は 中国・北朝鮮へと変移したことがその理由だ。 航空自衛隊で運用する最強の戦闘機はF15J戦闘機・通称イーグル。
F-15J・イーグル戦闘機(航空自衛隊ウエブサイトから)
だがここ那覇で運用されているのはベトナム戦争時代に製造が開始されたというF-4EJ改戦闘機・ファントムなのだ。 「ファントムは古いと聞くが?」整備小隊の栗林潤二曹に率直な質問をぶつけてみた。
「ファントムは古いんですけれども、装備品の搭載能力が大きいのと、装備品の性能が優秀であるがゆえ、空対空ならず、空対地、空対水など任務が多様になっても対応できるところが、優秀なところだといえます」
(整備の面で、これは名機だなと思う瞬間はあるか?)
「やはり頑丈なところですかね」
(例えばわかりやすくいうと、そのくらい頑丈なのか?)
「エンジンがですね、他のターボファンエンジンと違い、ターボジェットエンジンなので、少々のものを吸い込んでも、壊れたりしないっていうところですね」
(じゃあ新しい機体っていのうはそういう面ではデリケート?)
「そうですね、まあその代わりパワーが少ないというのがあるんですけれども」
「オジロワシの“目”」
F-4EJ改・ファントム戦闘機(航空自衛隊ウエブサイトから)
実はファントムがこの那覇に配置されているのは南方重視体制にシフトした故の「引越し」による。 格納庫で翼を休めるファントムと対面する。見た目にも補修を繰り返したことが分かる機体。あちこちに塗装の跡。 だが一際目を引くペイントがあった。それは尾翼に施されたオジロワシのマーク。 北海道に生息し翼を広げた大きさは世界一とも言われるオジロワシはかつて千歳基地に配置された戦闘機部隊の象徴だ。 実は302飛行隊は昭和60年に千歳基地から移転、この那覇基地に配属されたのだ。オジロワシはその名残ともいえる。
かつてロシアのミグ戦闘機と対峙した精鋭部隊がここ沖縄にやってきたのである。 しかし幾ら最精鋭部隊とはいえ機体の古さは影響しているのでは? 飛行隊長の松浦明裕二佐にその疑問をぶつけてみた。
「相対的な能力の低下というのは否めない部分はあります」
率直に認める飛行隊長。だが大きな利点があるという。
「ま、しかしながら、よくF-4には大きな特徴がありまして、二人乗り。二人乗りというのは非常に大きな利点であると言えまして、 同時に二つの正面を見ることができる。同時に二つの事を考えることができる。一人は操作判断したことを、もう一人がそれで漏れがないのか、 間違いがないのかということを確認することができる。という意味では戦利戦術上も非常にアドバンテージだと思いますし、 普段の訓練の中でも飛行安全を確保する上で、非常に大きなメリットだと考えております。これらがF-4の利点ではないかと言えるかと思います」
日本の自衛隊は優秀だというのが各国の客観的な評価である。世界第2位の経済大国ゆえの装備面での充実が大きいのだが 同時に機材を運用する錬度の高さ(もちろん訓練にも多額の費用が必要)によるものだ。 優秀な搭乗員が2名で操る旧式の戦闘機と機材は新しいが錬度の低い搭乗員が対峙した時、どちらに軍配が上がるのか。
思わずファントムの機体年齢の古さを強調したが、戦闘機の場合、機体の古さよりも搭載電子機器の年代こそ重要と指摘する声もある。 前出の栗林二曹も語るようにファントムは様々な兵器を搭載できる能力を持ち、兵器をコントロールする電子機器は最新のものが搭載されている。 ファントムの正式名称F-4EJ改の「改」とは装備の改定が行われている事を表しているのだ。
戦闘機を主役にした映画ではドッグファイトと言われる近接戦が見所の一つとなっている。 ところが実戦の世界では如何に早く相手の飛行機を発見しミサイルの発射ボタンを押すか、が勝敗の行方を左右する。 発見の手段は当然レーダーなどの電子機器による。電子機器が最新のものに整備されていることで ファントムは「最前線」でも活動できるのだ。 つまりオジロワシの「目」はとても眼力が効くのだ。
「オキナワの自衛隊として」
302飛行隊は那覇空港に位置する。 那覇空港は国土交通省が管理する民間飛行場で、自衛隊の実戦戦闘機部隊が使用する滑走路を、国土交通省が管理するのはここ那覇空港だけ。 飛行隊の任務は「対領空侵犯措置」。国籍不明機が日本に近付くとスクランブルと呼ばれる緊急発進をし、対処する。 航空自衛隊では日本の空域を4つに分けそれぞれの地域を航空団と呼ばれる部隊が防衛している。
沖縄を含む空域は那覇に司令部を置く南西航空混成団が任務に就いており、那覇空港を本拠地にする302飛行隊がスクランブル任務を担当する。 他の空域では複数の飛行隊があるが南西航空混成団にある戦闘機部隊は302飛行隊のみ。交代が効かない部隊の為、隊員数は全国で最も多い。 代替が利かないということは大きなデメリットがある。航空自衛隊機が任務や訓練を行う場合には必ずオルタネードと呼ばれる代替空港を 指定。万が一天候が悪化した場合や故障で着陸するする場合にそこへ着陸する。
ところが南西航空混成団のエリアには他に自衛隊が運用する飛行場が無いのだ。そこで302飛行隊では米軍の嘉手納基地をオルタネードにしているのだが これが非常に近い。僅か20キロ。これだけ近いと那覇空港が悪天候の場合、嘉手納も同様と言うことが多く、代替機能を殆ど果たさないといっても過言ではない。 実は沖縄県内には戦闘機が離着陸可能な滑走路を持つ空港が無い訳ではない。
だが本州や九州などと違いここは唯一の地上戦を経験した沖縄なのだ。自衛隊アレルギーは極めて大きく、そのことが代替飛行場の選定にも大きく影響する。 ある幹部に「実際に降りられなかったらどうするんですか?」と訊ねると「海に下りるしかありませんね」と語っていたが、あながち冗談とも思えなかった。 代替空港の選定でさえこれだけ配慮をしなければならないのだが、民間空港を使用する自衛隊としての気配りも相当なものだ。
「那覇空港というのは日本でも5本の指に入る、非常に離発着の多い空港ですので、ここを使用することに伴います、色んな問題点というのは非常に認識しております」
松浦飛行隊長が沖縄の自衛隊としての運用を語る。
「例えば、連続離着陸訓練、いわゆるタッチアンドゴー訓練というのは当然、ベーシックな訓練としてやる訳なんですけれど、 民間機が上がったり降りたりする合間を縫いながら、非常に数的に制限されながら、やらざるを得ない。あるいはその離陸をするためにも、 非常に待機時間が長くなったり、降りるためにも上空で待たされたりと、時間的な制約、それに伴って燃料も食っちゃいますので 、訓練効率も低下せざるを得ない、そのような否定的な部分が否めないかと思います」
「米軍でさえ」
地元への配慮に気を配らなければならないのはもちろんだが、部隊にとって負担になるのはむしろ米軍である。 沖縄に展開する在日米軍は、“合衆国軍”としても非常に大きな役割を担っており、とりわけ航空戦力は非常に重視されている。 沖縄に駐在する海兵隊は、いわば機動部隊。何かがあると航空輸送部隊がその移動を担い一気に最前線へ展開する。 さらに朝鮮半島や中国・台湾を監視する空軍部隊もあり、そうした航空機部隊の錬度を維持するために沖縄本島周辺海域で常に訓練を行っている。 実は自衛隊の訓練空域は米軍の空域をいわば間借りしているのだ。
沖縄周辺の訓練空域と航空路
少々見難いが上の図を見ていただきたい。これは沖縄周辺にある民間の航空路(青色)と訓練空域(黄色)だ。南シナ海周辺が如何に込み合っているかお分かり戴けると思う。
この黄色の訓練空域が米軍の使用する空域。沖縄周辺にはもはや自衛隊が設定できる空域は殆ど残っておらず、必然的に米軍の訓練空域を「使用させてもらう」しかないのだ。
実際には週に一度米軍との間で開かれる訓練会議で割当が決まるのだが当然優先権は米軍にある。
例えば突然の天候の悪化で訓練空域を変更したくとも、すぐには変更できないと言うのが実情。米軍の“統治”が沖縄本島の土地だけではなく空にまで及ぶ事を如実に表しているのだ。
「那覇空港というのは、沖縄の空の玄関口ですので、これに障害を与えることというのは、非常に我々はまずいことだと認識してをしております。
例えば、上空で我々の戦闘機がトラブルを起した場合というのは、滑走路塞ぐ自体に至る危険性があるものについては、事前に、ここに降りないで、嘉手納に向かいます。 そういう努力・工夫をすることによって地元の方にご迷惑をおかけしないように普段から気をつけております」(松浦飛行隊長)
(記事:板倉弘明)
<参考サイト>
航空自衛隊オフィシャルサイト